楽しい夢紀行 みんな旅に出かけようよ

来てくなんしょ 福島会津の旅2 悲劇の地 飯盛山白虎隊お参りその2

IMG_1310130556.jpg
戊辰戦争の時16歳から17歳の若者で編成された白虎隊はこの飯盛山で自刃し今も悲劇の場所として多くの方がお参りされています。
ちょっと歴史を追ってみましょう。慶応4年/明治元年(1868年)に薩摩藩・長州藩を中心とする明治新政府軍と会津藩を中心とした旧幕府軍がこの会津で激しい戦闘を繰り広げた。
新政府軍75,000人に対して会津藩の総兵力は1万に満たない9,700人で兵力差は7倍以上。しかも新政府軍は銃や大砲の性能も旧幕府軍を圧倒し兵力・火力ともに劣る旧幕府軍は悲劇的な戦いを行っていた。

IMG_1310130558.jpg
江戸時代の平均身長は大人で156cmといわれているのに白虎隊の子供達にとって長くて重い小銃はかなりきつい武器だったかもしれませんね
士中一番隊 49名、二番隊 42名・寄合一番隊 106名、二番隊 67名・足軽隊 79名から成る合計343名で士中二番隊は戸ノ口原の戦いで敗北し生き残った20人ほどがこの飯盛山へと落ち延びた。そしてこの場所で炎上する城下を見て鶴ヶ城が落城したと思い込みこの場所で自刃した。

IMG_1310130561.jpg
20名が自刃したが飯沼貞吉のみ蘇生し一命を取り留めた。維新後は貞雄と改名し通信技師として各地に勤務し日清戦争にも従軍した。晩年飯盛山での出来事について語り白虎隊の悲劇が現在に伝わっている。1931年(昭和6年)に77歳で生涯を終えたが飯沼の墓は他の隊士の墓から離れた場所にひっそりと建てられている。
IMG_1310130574.jpg
多くの人がお参りしていました。若い人も高齢の方も皆さん手を合わせていました。
IMG_1310130569.jpg
お線香を50円払って墓前にお供えします。しかし販売する人もいないし、皆さんお金を置いてはお線香を手にとって行きます。無造作にお金が置いてあり、お金を取られる心配もなさそうなのは、さすがに日本だなぁ~ってつくづく感心してしまいます。
IMG_1310130570.jpg
お線香に火をつけて墓前に手向けます。結構燃えているお線香もあるのでそれを避けて端のほうにおいてお祈りしました。
IMG_1310130568.jpg
手前から鈴木源吉・篠田儀三郎・安達藤三郎・有賀織之助・間瀬源七郎・簗瀬武治・簗瀬勝三郎・野村駒四郎・永瀬雄治・津田捨蔵・津川喜代美・西川勝太郎・林八十治・伊東悌次郎・池上新太郎・石田和助・伊藤俊彦・石山虎之助・井深茂太郎とお墓が19基並んでいます。
IMG_1310130566.jpg
どうしてだろう?はやり伊東悌次郎の墓に目がいってしまう。そして脳裏に『悌次郎さん!よく引き付けて撃ちなんしょ!』『まともに撃ち合って無駄に死んではなんねい』・・・そんな八重さんの言葉が浮かんでしまう。
これからいろいろ楽しいこと、すばらしい未来が待っていたのに若くして死んでいってしまった白虎隊の若者にただただ、安らかにお眠りくださいと祈りをささげました。

会津若松・東山・芦ノ牧のじゃらんおススメ宿
このお宿にもきてくなんしょ!

IMG_1311100587S (2)次の記事<< >>前の記事IMG_1310130537.jpg
続きを読む

テーマ:歴史・文化にふれる旅 - ジャンル:旅行

  1. 2013/10/31(木) 22:18:54|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

来てくなんしょ 福島会津の旅1 悲劇の地 飯盛山白虎隊お参りその1

IMG_1310130537.jpg
2013年10月13日に福島の会津若松に行ってきました。
大河ドラマ『八重の桜』を見て是非行ってみたいと思ってFJクルーザーを飛ばして昼くらいに到着しました。天気は曇天で今にも雨が降り出しそうな天気。でもがんばって飯盛山を登ってみます。
慶応4年(1868年)戊辰戦争の時16歳から17歳の武家の男子によって構成された部隊である白虎隊は兵力と火力に勝る新政府軍の攻撃を受け大打撃を受けて壊走し、この飯盛山に逃げ込んだ。だが目の前には炎上する城下を見て、城は落城したと思い込み、一命を取り留めた飯沼貞吉1名を除き19名が自刃した悲劇の場所です。

IMG_1310130538.jpg
飯盛山スロープコンベアーが併設されています。1回250円で楽チンで中腹まで運んでくれます。
モッキーはこんな文明の利器に惑わされることが無く自分の足で歩いていきます。(キッパリ
IMG_1310130541.jpg
酒井 峰治と愛犬クマの銅像がおいてあります。
白虎士中二番隊の19名はここで自刃したんだけど、生き残った他の隊士は城を目指して退却していたのだが、この酒井 峰治は仲間とはぐれ道に迷っている所をこの愛犬クマが出迎えてくれてクマの道案内により無事城に入城出来たそうだ。
IMG_1310130543.jpg
ふーひーふーひー・・・この時点でかなり息が荒くなる。
IMG_1310130544.jpg
いやー!格好つけずにスロープコンベアーに乗れば良かったと心底後悔しました。たった250円で楽が出来るのなら・・・と思っていたら、後ろから歩いてきたおばちゃんが!これに乗れば良かったとモッキーと同じ事を言っていた。
IMG_1310130545.jpg
飯盛山参道の石段を登っていくと飯盛分店さんがあり、白虎隊士自刃の絵安置とあります。ここは無料で見学が出来ます。
IMG_1310130550A.jpg
飯盛分店さんから鶴ヶ城が望めます。・・・・て何処何処? (゚ー゚?)キョロ(*゚ー゚)ゝキョロキョロ
ワカラン??????
違うグループのおとーさんが別に人に一生懸命、木の間に城があるよ!と教えている。
モッキーもその方向にカメラを向けて望遠で探すと・・・・
IMG_1310130549.jpg
見っけた!ちっちぇー!さすがにワカラン!
IMG_1310130553.jpg
さて次回は白虎隊士自刃の地についてブログします。
涙なくしては語れません!皆さんハンカチの準備を!

会津若松・東山・芦ノ牧のじゃらんおススメ宿
このお宿にもきてくなんしょ!

IMG_1310130556.jpg 次の記事<< >>前の記事 IMG_1310190381.jpg
続きを読む

テーマ:歴史・文化にふれる旅 - ジャンル:旅行

  1. 2013/10/26(土) 21:47:10|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

長野の旅その5 長野のおいしい店発見 kitchen vesta (キッチン ヴェスタ)

IMG_1310190381.jpg
2013年9月14日の3連休に長野市の歴史めぐりの旅の第5弾です。モッキーの旅の楽しみは旅先でのおいしい料理を食べること!長野市にあるキッチン ヴェスタさんで信州プレミアム牛を食べてみようかと思いました。

IMG_1310190383.jpg
表通りからちょっと入ったところにお店の看板があるのでちょっと見落としやすいです。
長野県長野市鶴賀南千歳町860-24 ビトロアレイ2 1F
電話:026-266-0327
ディナー17:30~翌1:00 


大きな地図で見る
IMG_1310190382.jpg
お店の雰囲気は大変良いですよ。初めての人でも入りやすいです。
中も女性のお客さんや若い人など結構いました。なるほど照明や器など可愛らしく女性好みの演出しているそうです。

IMG_1310190380.jpg
さて注文したのは信州プレミアム牛の網焼きです。
ちなみに「信州プレミアム牛肉」とは長野県の新たなブランドとして生まれ長野県独自のおいしさ基準を設けて認定している牛肉だそうです。この信州プレミアム牛を使ってシンプルに焼き上げていますが、表面に焦げ目をつけ中はジューシーなレアの肉をさっぱりした味付けのバジルソースでいただけます。
赤ワインとの愛称は抜群です。まあ肉ですから当然ですよね。ワインの種類も豊富みたいです。
他にもいろいろ魅力的な料理がありましたが、また長野に行ったときにでも食べてみたいですね。
モッキーおすすめのお店です。長野に行って食べる場所に困ったら行ってみてください。

<IMG_1310130537.jpg 次の記事<< >>前の記事 IMG_1309140274S_201309291312104a4.jpg

テーマ:美味しいもの - ジャンル:グルメ

  1. 2013/10/19(土) 18:02:59|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

福島 磐梯吾妻スカイライン  浄土平は大渋滞

IMG_1310130766.jpg
2013年10月13日朝9時30分の磐梯吾妻スカイライン 浄土平の渋滞状況です。
つばくろ谷から戻ってきて浄土平付近で長い車列を発見し!ややや!渋滞している!

IMG_1310130767S.jpg
浄土平まであと1kmくらいの距離。たいしたことはないか?と思っていたけど進まない進まない(汗
1km程度の距離で30分かかってしまいました。

IMG_1310130768S.jpg
浄土平の駐車場に入ろうとしたんですけど、よく観察すると駐車場から出る車も入る車の影響でなかなか出ることができずここも大渋滞。
先を急ぐモッキーは浄土平に入ることを断念しました。
渋滞を抜けても反対車線は同じように大渋滞です。紅葉のこの時期は浄土平は大渋滞ですね
みなさんもココを通るときは紅葉季節の土日は覚悟していった方が良いかもしれません(汗 続きを読む

テーマ:桜や紅葉の名所・観光地情報 - ジャンル:旅行

  1. 2013/10/14(月) 15:50:46|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

福島 磐梯吾妻スカイライン 紅葉情報 2013年10月13日

IMG_1310134294S.jpg
2013年10月13日の福島県にある磐梯吾妻スカイラインの紅葉を見に行ってきました。良い感じに色づいていました。写真は浄土平から霜降を通って天狗の庭に向かう途中での撮影です。頂上付近は今が見ごろです。
これから先は麓まで徐々に紅葉が下りていくと思います。赤や黄色に色づいた紅葉が何とも綺麗に撮れました。
この付近は結構寒いですよ。防寒対策はしっかりした方が良いです。
福島の旅は後日ブログで紹介します。今日は紅葉情報をお届けしています。
みんなも紅葉を見にいこうよう!(*´Д`*)
続きを読む

テーマ:紅葉 - ジャンル:旅行

  1. 2013/10/13(日) 19:12:30|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

長野の旅その4 激戦地 川中島古戦場 八幡原史跡公園

IMG_1309140274S.jpg
2013年9月14日の3連休に長野市の歴史めぐりの旅の第4弾です。
さて妻女山を降ったモッキーが次に訪れたのは川中島古戦場 八幡原史跡公園
信玄と謙信の一騎打ち像があるので是非一度見ておきたかったですね!歴史的な話を交えながらちょっと紹介してみます。

IMG_1309140268.jpgIMG_1309140267.jpg
12,000平方メートルの芝生公園や自然石を配した小川や池などがある。歴史に関係ない人でも家族連れでのんびり出来そうです。

IMG_1309140269.jpg
史跡 川中島古戦場 八幡社の鳥居をくぐってお参りしてみましょう。
IMG_1309140272S.jpg
川中島大合戦図があります。ちょっと歴史について紹介してみます。
永禄4年(1561年)9月10日
武田軍2万と上杉軍1万3千で数の上では武田軍が有利だった。武田軍は部隊を二つに分け、1万2千の別働隊は妻女山の背後から襲い上杉軍を八幡原に追い出す。
武田信玄率いる本体8千は八幡原に布陣しこれを挟み撃ちにする作戦を立てた。これを『啄木鳥戦法』としたが、その動きを察知した上杉政虎(以降謙信と言うね。そのほうがわかりやすいので)は妻女山を降りた。
この時点で上杉軍は1万3千で武田軍は8千と数の上で逆転してしまう。
IMG_1309140276.jpg
謙信の猛攻
深い霧が立ち込めている朝、卯の刻(午前5時から7時)に信玄が予想していなかった事態が発生した。
妻女山にいるはずの上杉軍が突如襲い掛かってきた。だが両軍とも戦闘態勢に入る前の予期せぬ遭遇戦の為、混乱が生じた。上杉軍は車懸りの陣で攻撃を仕替け、武田軍は鶴翼の陣で迎え撃った。
先ず越後随一の猛将柿崎景家と飯富昌景の隊との間に戦端が開いた。
上杉軍各隊が次々と攻撃をしかけ武田軍は右翼・左翼・本陣と分断されてしまった。
武田左翼は信玄の弟の武田典厩信繁は、直江・村上両隊の猛攻に晒され敵中に孤立してしまった。山本勘助を援軍に差し向けるも逆に上杉軍に飲み込まれ、典厩武田信繁と山本勘助は討ち死となり左翼集団は総崩れとなった。
崩壊しつつある左翼集団を援護する為に本陣を南側に移動させた為、北側に取り残される形になった嫡男武田義信の右翼隊は本庄・色部の各隊に攻め込まれる形となる。
内藤修理亮昌豊・諸角豊後守虎定・初鹿野源五郎などが必至に防戦し南下する本陣を追って腹背の敵を排除しひたすら南に突撃する。
上杉方兵力の大半を引き受けた右翼隊も圧倒的兵力差に蹂躙され諸角豊後守、初鹿野源五郎が義信の盾となり討ち死にし、右翼隊も崩壊してしまう。
左右両隊が大損害を受け崩壊している状態で、信玄の本陣は完全に敵中に取り残される形となり、信玄の命運も尽きるかと思われた。
IMG_1309140277.jpg
信玄の反撃
巳の刻(午前9時~11時)事態が急変する。妻女山を降った別働隊が山麓の渡しを突破して武田軍左翼を攻撃中の上杉軍の背後から襲いかかった。次々と上杉軍の守りを突破する別働隊は上杉主力の背後に迫った。
戦況の不利を悟った上杉謙信は撤退を即座に決めたが、上杉軍は後退戦で損害を急増させ申の刻(午後3時~5時)に善光寺付近まで退いた。
2平方キロメートルの狭い場所で3万3千に及ぶ将兵が9時間にわたり激闘を繰り広げ20,000人の武田軍の戦死者は4,630人(損耗率23%)・13,000人の上杉軍は
戦死者3,470人(損耗率27%)で傷を負ったものは死者数と同じ位の数だと推定すると、死傷者は全軍のほぼ半分と思われる。天下分け目の決戦の関が原の戦いでは東軍の損害は4%ととどまると言われる。
今回の川中島の戦いは血で血を洗う凄惨な戦いだと言えよう。
IMG_1309140279.jpg
執念の石
武田本陣に切り込んだ上杉謙信の太刀を信玄が軍配で振り払ったという話は有名ですがあまりにも出来すぎた話なので創作と言う見方も多いのですが、絶対にないとは言い切れないですね。
信玄の窮地を救ったのは家臣の原大隅守虎胤で信玄の槍で馬上の謙信を突いた。外れた槍が馬にあたり驚いた馬が跳ね上がってその場を狂奔し去った為に信玄は虎口を免れることになった。
しかし謙信を取り逃がした原は無念の思いで傍らにあったこの石を槍で突き刺した。そう言い伝えがある石です。

IMG_1309140280.jpg
最後に八幡社にお参りし旅の安全と家族の無事をお祈りしました。
ちなみに神徳は必勝、厄除、交通安全、安産、育児にあるそうです。良かったらのんびり八幡原史跡公園にきてみたら如何ですか?
参考文献:歴史群像(学研)2004年4月No.63 霧中の大遭遇戦第四次川中島合戦
    :NHK 大河ドラマ「武田信玄」



IMG_1310190381.jpg 次の記事<< >>前の記事 IMG_1309140306.jpg


続きを読む

テーマ:歴史・文化にふれる旅 - ジャンル:旅行

  1. 2013/10/06(日) 18:14:09|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0